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水とタバコ

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ジョジョを

フーナラを、pixivのほうにアップしてみました。
安全地帯

なんでか唐突に書きたくなった。どうじに、あまりになんにも書かずに宙ぶらりんな状態で生きていて、いったいなんのために生きているのかわからなくなってきたとかいうみょうな焦りもあった。
久しぶりにこのふたり書いて、改めて、フーナラ、可愛いな…。すきなサイトさんのフナラをみにいって、うわーっ可愛い!ていうか護チ可愛い!可愛いったら可愛い!
ジョジョ、家族の蔵書として全巻実家なので手もとになくて、今すごく読みたくて、読みたくて、ぐるじみ
読みたいなあ っていうか漫画を、ジョジョくらいに一章が長い漫画を、時間をかけて、それこそ二週間くらいかけて、毎晩すこしずつ、ゆっくりゆっくり読みたいさいきん。



補足というか、ぶっちゃけた話です。
「安全地帯」って、あんどうゆうこの歌があるのですが、十代の頃からずっとずっとすきでいたんだけど、
この前お出かけした時にipodからふいに流れてきてハッとした。そうそう、私このうただいすきだったのよ。と、思った。
書いてる時に頭の中でずっと流れていて、そのままタイトルにしちゃった。べつにインスパイアドバイとか恰好よいものじゃあないです。
5部完結後、フーゴとナランチャがちょっとだけ成長して、互いにちょっとだけ大人になって、そうした未来をいっしょに暮らしているというなんとも都合のよい設定です。ああ、こういう諸注意みたいのをキャプションに書けばよいのか…今さら気づく。書きます。

重要なのはナランチャが生きてることじゃなくて、生きて、成長していること。それはフーゴもだけれど。
あの二人がちょっとだけ大人になって、変わったところと変わらないところがあって、
それでも生活をともにしている。みたいなお話を書きたくて、ああなったんだと思う。ほとんど何も考えずに書いたからもうよくわかんないけど。


処で今ってなんでもpixivが主流なのかしら…サーチさんとか、ないの?

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はつはるのお慶びを。

あけましておめでとうございます。
もはやなんのためのこの場所なのかわからなくなってきました。すくなくともみてくださってるかたが幾人か、いらっしゃる。ありがたいです。ありがとうございます。面白いこと、なんにも書けなくって、すみません。

気がつけば2015年になってしまっていた。先月半ば頃からすこし調子を悪くしていて、後半はもうぐずぐずのぐだぐだで、ほとんど死んだようだったのだけれど、ようやくなんとか落ち着いてきました。よかった。ほんとによかった。冬のおそろしさってこれです。冬は好きだけど苦手なのかもしれない……と、一人きりのおへやにいると思います。


色々書きたいことがあったのですがぜんぶどっかに落っことしてしまっていたみたい。さいきん朝の記憶が夜までもたなくて、自分の言動メモとかつけたほうがよいのかな?とか思う始末で、いけない。読書、できていません。映画、観れていません(おとついあたり一本観ましたが)。音楽、聴けていません。でもよいのだ仕事は順調、人生は今のところ良好、なるようになっているしなるようにしか、ならない。せつなさをいつまでもいつまでも引きずってそれに触れると手をひっこめたくなるけれど尻尾巻いて逃げたくなるけれど、私のかんじるそれらは、きっともうどうしようもないものだから一生つき合っていくのだろうから、いいんだ。


仕事のことばかり考えていてもうだめだあってなったのできのうきょうはお歌をうたいに逃げました。ヒトカラがさびしいと感じるようになった程度には私も大人になった。きょうはお身内を無理やり誘っていきました。図らずもいかにもオタクらしい会になり、たのしくて、私はこういう人間でしかあれないのじゃ……とまた痛いこと考えました。h×hって私、小学生の時分にリアルタイムですきだったんですけどのちのち二次創作するくらいにはすきだったんですけれど、「太陽は夜も輝く」をひっさしぶりに聴いて死にそうになった。初期と蜘蛛篇はやっぱりさいこーデスネ。op~本編~edがどのクールも神がかっててさ……またアニメ観たくなった漫画読みたくなった(かろうじてムシ篇までは読んでいたし富樫はやっぱスゲーと思う)。それから00……あ~懐かしいな~っていうか懐かしいっていうほどの過去に、既になっているのだな、けっきょく映画は観に行かなかったし観ていないのだけれどすきだったよむかしはニルティエだったけど今はたぶんニル刹。


2015年の目標。
積極的に外に出ていきたいし人と関わりを持ちたいです。長年の友人を2人、失くしてしまい、その供養の意味もこめて。彼女らについてはもうどうでもよいのだけれど今まで私につき合ってくれてありがとうを言いたい。互いにそれぞれの人生をそれぞれに歩んでいて、私は既に彼女らの人生の登場人物ではなく背景にすらなれないのだなとかんじた。登場人物にも背景にも、馴染んでやれずにほんとうにすまないと思う一つも共感できずに私はすこしも優しくなどないね、でもあなたはあなたの人生を歩んでね、どうか幸せに長生きしてね。と、それだけは願っています。
人ってほんとに色んなこと忘れてゆくし色んなこと失くしてゆく。それもまた人生と思うけれど時間って有限だしいつかはみんな死ぬから。時間はきちんと流れるし流してゆくから。そうゆうことを忘れずに生きていたいと思うのです。
あとそう何か、オリジナルで、何かを書きたいと思っています。どこに出すとか誰にみせる予定もないしただただ自分のために、とにかく何かを書きたくて私には何かを書くとゆうことがまだ必要であるとわかったのでよく理解したので。つたえる、というコミュニケーションを上手に計れずに生きてきてしまって、社会生活を送るうえで今は過不足ないのだけれど、つたえる、ということに関しては私のくちはまだまだ下手糞でいけない。つたえるためには日記では不充分でそれに必要なのはスパイス、フィクションという名のスパイスだとある日に車運転してて思いました。
だからつって私に何ができるかったら何もできないのですけど。すきなことはつづけてゆきたいなと思ったしんそこ思った。


そういえばカラオケで飲んだカフェラテがとてもとても美味しくて、ハマりそう。

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はや年の瀬

2014年が終わりそう…ってことをきのう国道走りながら周囲の慌しさでかんじた。私も慌しい。

盆も晦日も正月も関係のない生活を送っています。べっつにいいけど。
28日に実家にて、お餅ついたよってことで帰りました。納豆餅ときなこ餅を一つずつ頂きました。美味しかった。ほんとに美味しかった。冬至には南瓜のいとこ煮を食べました。食事で季節をかんじられるって幸せなこと。ありがたかった色々と。

なんか色々あって、いかにも私の人生らしい人生になってきた。そうよ、これよ、これよこれ。そうそう、そういえば私ってこういう人間だったな。
色々と怒涛すぎてもはや何がなんだかわからずそうこうしてるうちに一年が終わる…前部署の上司とたばこ部屋で一服時その旨話していたらとうとつに泣けてきてしまった。色々…あった…としかいえない一年。人生ってすごい。生きてるってすごい。人間ってすごいです。なんとか、なる。


来年はどうしようかな。どうなるかな。私に何か、できるのだろーか。とかそんなことを考える。
たのしいことをたくさんしたい。自分にはまだ何かができると期待していたい。


けっきょく何も書けてないしほんとにどんどんと、書けなくなってきてる。このままフェードアウトするのかもしれない…とも思うけれど、
書かないとやっぱりだめみたいで、それがどういうものであれ。一次でも二次でも夢でもBLでも。
だから、何か、何か書かないと…だめ、私は。


・・
これは私信です。
あなたと、あなたと、あなたに。みておられるかどうかわからないけれど。
たいせつなご縁をありがとうございました。勇気をだしてよかったと思う。またきちんとおへんじさせてください。うれしかった。
ほんとうにどうもありがとうございました。

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私はばかなので

 *

 44度の湯舟に浸かってすっかり火照ったからだを冬の、夜風に晒しながら、濁った思考の中に必死で言葉を探していた。冷蔵庫に残っていた食材でもってかんたんな夕食をこしらえ、胃袋の空白を埋めるようにしてひどく熱いコーヒーを淹れて飲み、肴にと煙草を吸って入浴し、髪を乾かし醜く乾燥した肌に申し訳程度の安物の保湿ローションを塗りたくりそうして、また煙草を燻らせながら冬の、澄んだ夜空をみあげていた。
 からだの芯に一日の疲れが澱のように溜まっているのを自覚する。自覚すればするほど意識は朦朧と混濁してゆき、言葉にしたい言葉など何一つ浮ばなくて、くるしい。
 そんな状態がもう何日もつづいていた。
 かつてひそやかにひそやかに恋うていた人からのたよりに、愛しくなぞるようにして視線を走らす。私は彼女を知らず、彼女もまた、私を知らない。
 『いつか、会いましょう。』と、そう彼女は書いていた。
 私がそのたよりを受け取ったのは、みぞれの降るひどく寒い昼下がりだった。
 今とおなじくして煙草を、いたずらにふかしながら落ちてくるそれらの言葉を一つひとつ、飲みこんでゆくと、言葉はからだの、心の、深いところに沈みこみ、それは音もなくかたちもないものだったが、ただ彼女のつくり上げる美しい言葉が、私の愛したかつての一部が、私の深部に降り積もるのを、感じた。
 ふれれば、ひやり、とするような、そのくせやわらかく温かな不思議な言葉たちだった。
 声を失くしたわけでも言葉を忘れたわけでもないのに、私には、それらの言葉にこたえる術がまるでないのを自覚した。
 呼吸ができないような、思考がしずかに縮れ千切れてゆくような、もがけどもがけど何一つとして適当な言葉がみつからないのだった。それが、ひどくはがゆくてくるしい。
 『いつか、会いましょう。』と、彼女はいった。
 彼女は私を知らず、私もまた、彼女を知らなかった。
 伝えられた言葉を視線で追い、そこに彼女の存在を感じた。ほとほとと涙がこぼれた。伝わった、という安堵と、伝えられない、というはがゆさ。その曖昧なはざまを、冬の、痺れるほどの寒さが縁取ってゆく。
 一片のこまやかな雪が足もとに落ちた。

 *

いいたいことが、伝えたいことが、たくさんあって、誰にとかでなくあなたに。けれどそれらがあまりにも膨大で、過去を(私や、あなたの、過去を)ほじくり返す難儀な作業をしながらのもので、たいへんで、何をどうしたらよいのやらまるでわからなくって、けれど人間だから言葉を発して生きてゆかねばならぬ人間だから、一つひとつを何とかかんとか伝えてゆかねばならんのですね。私はばかなのでむつかしいことができません、むつかしいことはわかりません、ややこしいことは知りません。ただただあなたとお話がしたい。それだけなのです。

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口内炎痛い



どうしようもなくぽつねんとしてひとりで、へやは散らかっているし、ふと「お外で美味しいものを食べよう」と思いたち、お天気もまあまあよかったので、車でとなりまちの、沼のあるおおきめの公園に行ってきました。途中でサブウェイ寄ってマスカルポーネなんちゃらのサンドウィッチと野菜スープとコーヒー買って行きました。平日だというのに否平日だからか子どもたちがわきゃきゃわきゃきゃ遊んでいて当然のごとく引率のおかーさんがたが群れをなして坐りこんでおしゃべりに興じていて、ほかにもゲートボールしてるおじいちゃんおばあちゃんとか犬の散歩してる人とかジョギングしてる夫婦とか、そういうのどかな景色をながめながら東屋でサンドウィッチを食べた。あのおねえちゃん一人でごはん食べてるーとか指差されて笑われないかなどうかなとかおかしな心配をしていたけれどそういうふうな目でみる人の気配はまるでなく、ああ私のしてる行動なんてべつにどこにでもあるものなのだなと思って安心した。私は私をとくべつだなどと思ったことはなかったけれどへんに自意識過剰でやたらとひとめを気にして緊張してしまうたちなので、“だだっ広い公園で一人でサブウェイのサンドウィッチほおばってる痛い女”という像を自分の中でせっせここしらえて、いて、でもそんなのは、所詮私の頭の中だけの世界だったのだなあ、世の中にはこんなにもたくさんの子どもたちとおかあさん方がいて、ゲートボールしてるかたたちがいて、それぞれおのおの勝手にたのしんでいて、みんなこういうふうに好きに自由に時間を過ごしてるんだなあ、私もこうゆうふうに生きていてもいいんだなあなどと、もうすっかりぬるくなってしまったコーヒー飲みながらちらちらと落ちてくくすんだ色の葉っぱをみていた。マスカルポーネなんちゃらのサンドウィッチは、サブウェイははじめてとか2回めとかそのへんだったのだけれど、挟んであるマスカルポーネと生ハムのしおけと、はちみつが練り込んでありますとのうたい文句を掲げていたパンのあまみが絶妙で、うめー!とか思いながらもりもり食べてしまった。私は美味しいものを食べると一人でにこにこしてしまうんだけどほんとうに頬が緩んでにやにやしてしまいけれどそんな私をみてる誰かはどこにもいない。
おひさまが頭のてっぺんに差しかかってほんのりとはちみつ色をしてひどく、とてもひどくおだやかで、風はつよく髪を樹の枝を煽っていった。目の前でサッカーしてる子どもとおとうさんのようなおじいちゃんのようなたぶんおじいちゃんかな子どもちいさかったし、そのふたつの影をぼんやりみつめここって煙草すっていいのかなだめっぽそうだな火器使用厳禁とか書いてあるしなとかそんなことを考えていたら歩きたくなってごみをバッグにつめて沼につづく坂道をのぼってった。
沼には白鳥が一羽だけいて、そいつは人気者で子どもたちが自分のおやつと思しきお菓子をわあわあ与えていた。鴨がたくさん集まってくるのに子どもらの目には白鳥しか映ってないみたいだった。私はとてもとても久しぶりに白鳥を、こんなにちかくで拝んだなと思い、子どもらのすこし後ろでコーヒー啜りながらアイフォンのシャッターを押した。
白鳥をみるのもだけれどそもそも、この沼のある公園に来るのだってほんとうにとてもとても久しぶりで、そう思うともっと歩きたくなって、どんどんと樹々の生い茂る森の中に進んでいった。どんぐりの樹のにおいが漂う静かな森の、静かな木洩れ日を浴びているとふいに、小学生の頃、学校から帰った家の様子をおもいだした。家の様子といっても具体的なものではなくて、このくらいの時期のこのくらいの時間の日の光だとかそれが差した居間のにおいだとか気配だとかそういうのだったけれど、そうゆうのをふっと思いだして、にわかに苦しくなった。


実家の自分のへやのクローゼットにあった、かつてすきでかき集めていた色々な色々をすべて段ボールにつめて手離した、ら、胸にぼっかり穴が空いたようになって身動きがとれなくなった。あれ? と思った。何が、あれ? なのかはよくわからないんだけれど、とにかく、あれ? って思った。
むかし、といってもつい一年前の今頃まで私は完全に頭がおかしくて、毎日泣いたり喚いたり吐いたりしていてぼろぼろで、互いに引きずって引きずられてふりまわしてふりまわされていた家族もおなじくぼろぼろで、身動きがとれず、もういっそみんなで死のうかみたいな時期もあったりして、そういうのが7年くらいつづいて、私は十代を棒に振ってしまったのだけれどそんな頃に心のよりどころにしていた色々な色々を、今、直視することができなくて、苦しくて、たえられなくて、ぜんぶ棄てた。あれらをゆっくり手にとって「そんなこともあったわな」って思えるようになるまでには時間が必要だと思ったけれどもうすこし待つのもよかったのかもしれないけれどその必要とされる時間がどのくらいなのかわからなくてその時が来るのがとてもとてもとてもこわくて、ちょうどテレビで今世の中は老前整理というものが流行ってる、とかゆうのをみて影響されたところもあり、もう強迫的に片さなきゃきれいにしなきゃ棄てなきゃって思ってその衝動はどうしようもなくてとにかく目につくものすべて引っぱり出してつめて売れるものは売って残りはすべて燃やした。そうでもしなきゃもう私はあそこにはいられないと思った。ちまなこで段ボールを車につめる私をみる父の目がひどくさびしそうで、私にはそれがいちばんかなしかった。
手離した途端茫然として、かなしくてせつなくて一人で泣くようになって、それは惜しさなどではなく、あれらにつめたたくさんのこれまでを悼んでの感傷で、こういった誰もが通る一連の儀式めいた感傷を乗り越えたら私はほんとうに大人になるんだろうなと思った。そういう時期が必ず来るんだろうなと思った。
あれ?って思いながらそれでも生きてかなきゃなんないわけで、あしたは仕事だしへやの掃除したり作り置きのお惣菜作ったりしなきゃとかそんな庶民らしいってゆうか庶民なんだけどそんな思考が私にもあって、でもふいに思いだしてからだが強張る。へやの絨毯に夕日の差す様をみてしまった時とかつめたい風のにおいを嗅いだ時とか、実家のおいしいごはんを食べてる時とか、こうゆうおだやかな時間がしんそこ幸せででもいつか終わるんだな、私がかつてのあれこれを棄てた時とおんなじ呆気なさで終わってしまうんだろうなって思って居た堪れなくなるのだった。

森の中をせっせせっせと歩きながらなんとなく、今の、今の生きてるってことがあれからの余生のような、
もうすでに人生の黄昏時のような気がしてきて仕様がなくなってしまい、
それはべつに「じゃあもう死のう」とかそういう後ろ向きな考えによるものではなくあくまで「そうなのかな~」って思ったってだけで今さらもう死のうとか死にたいとか思わないのだけれど(むしろ生きていたい)、
「あっ、私の人生ってもうこのくらいなのかな」「あとは老いて死んでゆくだけなのかな」って、とうとつに閃いた。
なんかもういいかな、いいよなって思ったら、なんとゆうか人生ってこんなもんなのかしらと思ってすこし心強くなった。


きっと敷地内禁煙だろうと思ったから一通り歩いて歩き疲れた頃、来た道をすこし戻ったところにあるデパートの喫煙所で煙草をすった。瞼に受けとめた日差しはやわらかくあたたかかった。こんなふうな休日の時間を過ごしたことってなかったから新鮮だったし思いがけずたのしくて、時間はまだ午後の1時頃だしそれもとてもうれしかった。食品売り場で美味しそうなお惣菜を買ったのできょうのお夕飯はちょっと豪華だしなんか私すごい自由だなほんとなんだってできるなって思えた。




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