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水とタバコ

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社長の匂いについて。

丑嶋社長と、誰でもない誰か。




 普段は黒いフードに隠されているうなじが今、目の前にあるという現実がいささか信じられない気持ちで、けれどあくまで現実であるからそれに甘んじて顔をうずめた。やめろ、といわれるかと思ったが、丑嶋は何も言わない。それで、ぴたりと鼻の頭を肌にくっつける。呼吸の音が聞こえる、背中の体温を感じる、あたたかくて大きな背中である。そんなことは疾うに知っていた、この背中が与えてくれる安心を自分は疾うの昔に知っていたはずなのに、まるで今、はじめて知ったかのような心地になるのが不思議だった。丑嶋はあくまで無言を貫いている。だから自分もそれに倣った。何かしらのことばを掛けても構わないのだろうが、丑嶋の浅く静かに繰り返される規則正しい呼吸のリズムを聞いていたかった。背負われている自分、という存在があまりに無力で死にたくもなる、けれどこの時間が永遠に続けばよい、とも思う。我が儘だ。でもどうしようもなく、ひどく心地よい。
 丑嶋の皮膚はじんわりと温かくわずかに湿っている。几帳面な彼らしく、きちんと洗濯のほどこされたパーカーからは柔軟剤の匂いが漂い、それに煙草と汗の匂いが混ざっている。紛れもなく丑嶋の匂いであるそれを、思いきり吸いこむ。おい変態、と、前方を見据えたていを崩さず丑嶋はいい、その低い声が心地よく耳朶を滑る。


・・・

社長の体臭について考えることはや三日が経ちました。私は元気です。あの人のこったから無味無臭なんだろなーと思いつつ。
社長がまじで恰好よくて可愛くてえろくて、毎日毎日社長のことしか考えられなくてつ、つ、つれぇ~~~~
はやく事後に美味しいパスタ作ってほしい。

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ち、よ、こ、れ、い、と

性懲りもなくすうじ。


 ・

「一松にいさんチョコ食べない?!」
 二階のへやでうたた寝をしていた一松を叩き起こしたのは例によって十四松の声だった。よろよろと上体を起こして今にも落ちそうな瞼を指で擦る。「チョコ?」。あくび混じりに問うと、弟は「チョコ!」と鸚鵡返す。彼の手は母親がよく特価で買ってくるファミリーパックのチョコレートの袋を掴んでいた。
 六人も子どもがいる家庭において何がいちばんたいへんかといわれればそれは当然食費で、ましてや全員が男で、しかも全員が同い年だ。育ち盛り食べ盛りだった頃に比べて今は幾分か負担は減ったかもしれないけれど、子ども達がみな成人してもなお、子ども達がまだほんとうにほんとうの子どもだった頃と変わらずに家の棚には何かしらの菓子類が常備してあって、それは基本的には誰が手をつけても構わない。自分の小遣いで買い、ほかのきょうだいに絶対に食べられたくないものには必ず名前を書くというルールが、むつごのあいだでは徹底されている。逆にいえば、名前の書いていないものは即誰の所有物でもなくなり、誰かに勝手に食べられていたとして文句は言われない。
 十四松は襖を後ろ向きの態で足を遣い閉めると、胡坐を掻いた一松の前に坐る。ファミリーパックの袋を大袈裟な音を立てて開け、個包装にされた一つを一松に差し出した。そうして自分も一つの包装を破き、ひょいとくちに入れる。ガリッと音がして、十四松のくちの中でチョコレートが噛み砕かれる。「あんまー!」と幸福そうに顔を綻ばせる目の前の弟は、ほんとうに自分と同い年なのだろうか、と一松は一瞬だけ訝しんでしまう。
「これもしかして中にアーモンド入ってるやつ?」
「んん? あ、そーだね! 入ってる入ってる」
 次々くちに放りこんではガリガリと咀嚼しながら、十四松は屈託なく言った。彼にとってアーモンドが入っていようがいまいがチョコレートと名前のついたものはつまりチョコレートであり、それ以下でもそれ以上でもなく、まあどうでもよいことらしい。咀嚼のさまを見ていると、頑丈な歯がチョコレートにコーティングされたアーモンドを粉微塵にしていく様がを、まるで映像を目にしているように想像できる。
「じゃ要らない」
 一松は包装を指先で破りつつそう言った。
「えーなんで?」
「ってゆうか食えない。俺アーモンドきらいだもん」
 そうだったっけ? と首を傾げる十四松のくちもとに、包装を破って取り出したチョコレートを近づけてやる。彼は何の躊躇いもみせず、兄の指に摘まれたそれをくちに含む。ガリッ、と奥歯がチョコレートを噛みしめる。
「そうだったっけ、一松にいさんアーモンド食べれなかったっけ」
「だって、硬いし噛むの面倒」
「すげえ一松にいさんらしい理由だね!」
「まーね」
 ファミリーパックなのに既に1/3は十四松の胃袋の中におさめられてしまった。ほかのきょうだい達がみな出払っていてよかったと一松はそっと胸をなでおろした。いくらファミリーパックでも六人もいれば一人の取り分は途端に少なくなる。美味そうにぱくぱくとチョコを頬張る十四松を見ていると、この際だからもうすきに食ってしまえといった気持ちさえ湧く。どうせ俺はアーモンドがすきじゃないし。
「ほんとに食べなくていいの?」
 十四松をじっと見つめていると、一松がほんとうは食べたがっていると勘違いをしたのか、珍しく控えめな調子で弟は問うた。「俺ぜんぶ食べちゃうよ?」。
「食べちゃっていいよ。俺食えないもん」
「食わず嫌いじゃない? にいさんもたまには硬いもの食べないと総入れ歯になるよ? あとなんかボケやすくもなるんだってよ?」
 どこで仕入れた情報だそれ。いやまあ事実っちゃ事実、か。
 つっこもうとした一松のくちもとに、十四松が一粒のチョコを近づける。
「ほい、にいさんあーんして?」
 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。がさがさに荒れた弟の指に摘まれたチョコを、仕方なく一松は咥内に受け容れた。
「……あんまー」
 チョコは当り前に甘くて、一松のくちの中で時間をかけてとろとろと溶けてゆく。飴でもチョコでも、一松は弟のように歯でもって噛むという行為に積極的ではない。できれば労力をかけずに美味しいものを食べたいと思う。噛まずに食べられるやわらかいものや、ぐだぐだに煮込んだ肉などを、だから彼は好んで食べる。
 飴を舐めるように咥内でチョコを転がし、やがてコーティングはすべて溶け、固形物だけがそこに留まった。ざらざらとした皮、独特の香ばしい匂い、先端が尖っていて上顎に刺さるようだ。
「にいさん、がんば! ちゃんと噛んで!」
「……むり」
 一松は十四松の襟を引っ張って、落ちてきた唇を乱暴に食んだ。ふにゃ、とした頼りのない感触に浮かされそうになりながら、咥内に停滞していたアーモンドを舌で動かし、十四松の唇のあい間に押しこんでいく。
「む、ぅ、」
 顔を離し、一松は自分の唇を舐めた。チョコと十四松の唾液の味がした。目の前で硬直している弟の唇の端に付いたチョコの欠片を指先で拭ってやると、ようやく十四松は我に返った。耳までまっ赤にした顔を晒し、まなこを大きく見開いて、一松から渡ったアーモンドを奥歯でガリッ、と噛みしめた。
「にいさん将来ぜったい入れ歯なるしボケるね!」
 砕いたアーモンドを勢いよく飲みこみ、十四松は頬を紅潮させたまま破顔する。
「……総入れ歯になったりボケたりしても、十四松に介護してもらうからいい」
「じゃあ俺はぜったいにボケらんないねぇ。俺もボケてにいさんもボケたらたいへんなこっちゃ」
「そうだからお前はよく噛んで食って、ぜったいにボケたらあかんでぇ」
 くちの中で溶けたチョコレートは唾液によって洩れなく流され、けれど甘さの名残りが鼻の奥を抜ける。
 もし次にアーモンドチョコを食べる時があったら、こういうふうにして食べよう、と一松はひそかに心に決めた。

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