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水とタバコ

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河岡が熱いと私の中で話題に

ねむれぬので、さいきん私の中で熱い河岡。




 突かれるたびに、ゆるやかなピストンはからだと脳みそを揺らし、自分を抱く動きは優しいはずなのに蹂躙されているような不穏を感じて岡田は両腕で顔を覆ってしまう。ぎゅうと目を閉じて眉根を寄せる顔を見られたくなかったし、くちから洩れる声が河埜の耳に届くのを認めたくなかった。顔を隠すことで今の自分たちの行為を現実から消せるとでも思っているのか、自分が目を閉じて視界に幕を下ろせば事実は嘘になるとでも? 我ながら卑怯で卑屈で、甚だ自分勝手な思考回路に岡田はかなしくなる。どんなに強く目を閉じたって耳を塞いだって、河埜が自分を抱いているという今のこの現実は消えないし、嘘にもならない。抱く腕は憎らしいくらいに優しく、お前そうゆうキャラじゃねぇじゃん、もっと乱暴にしろよらしくねぇ。
「おいこら、岡田」
 洩れる息のあわいに声が落ちる。同時に、顔を覆っていた両腕が掴まれて、咄嗟に目をひらいた。薄青い現実が視界に飛びこみ、自分を見下ろす河埜の輪郭がそこに描きだされた。
 明かりのないへやは、しかし完全な暗闇ではなく、群青と灰色と黒とが混ざり合った不思議な色をしている。“夜”というものを直視したことがこれまでなかった。夜は朝と昼と夕がたのあとに来るもので、いたずらに流れていくだけのもの、一日二十四時間のうちの時間の一部で、それ以外の何ものでもなく岡田の側にただ、あった。
 カーテンは厚手のものであっても往来の僅かな明るさを伝えるし、だから河埜とのセックスの時に目をあけたくはなかったのだ。目を閉じて訪れるこんこんとした暗闇から出る勇気が、岡田にはまだなかった。
「目ぇ閉じてんじゃねーよ」
 横柄に、しかしどこかおかしそうに、河埜が言うのに岡田はくちの端を歪めてみせる。へっ、と自嘲がこぼれた。
「ヤってる時のお前の顔なんか見たくねんだよ」
「さんざんよがっといて何言ってやがる」
 ほらこっち見ろちゃんと。河埜の手のひらが顎を掴み、逸らそうとした顔の動きが抑制される。なんでこいつはいちいちこう態度がでけぇんだ、と不満をおぼえるも抵抗するのも阿呆らしく思えて、岡田は半ば睨みつけるようにこちらを見下ろす河埜の目を見据える。
 顎を掴んでいないほうの左手が腰骨を握る。河埜に対して自分のからだが細身であることは自覚していたが、こうあからさまに骨に触れられるといい気持ちはしない。ただでさえ筋肉の付きにくいからだにコンプレックスを感じているのに、河埜はそれを知っていてわざと岡田の骨を撫でる。ざらついた手のひらの皮膚が今は汗と精液で湿っており、岡田の皮膚を摩擦する。
 腰の動きが速くなって、やがて河埜が達してしまうまで岡田は彼の瞳をみつめつづけた。眉間に皺を寄せて険しい顔をこしらえ、息を詰めたと思った次の瞬間に河埜は吐精した。ゴムの中に精液が溜まるのを自分の体内に感じるのは不思議な気分だった。
 息を吐きながら岡田に覆いかぶさる河埜を、鬱陶しく、重苦しいと思うと同時に、こいつマジで俺とセックスしてんだなあとまぬけなことを考えた。河埜の質量を全身に感じる。重い、苦しい、っつーか俺まだイッてねーんだけど。
 窓の向こうの夜を、パトカーのサイレンが攪拌するのを聞いた。
「おめぇがよくても俺がやなんだよ」
 耳もとで呼吸に紛れさせるように河埜が呟く。「あ?」と訊き返すも、彼はそれ以上は何も言わず、からだを反転させて岡田の隣に転がった。
「……俺まだイってねんだけど」
 引き抜かれた河埜のペニスを膝頭でつつく。あー、と長く息を吐いて、河埜の目は天井に向けられたままだ。岡田は舌打ちをした。
 さっきまで掴まれていた顎は痛くはないがひどく熱く、触れてみるとじんわりと熱を帯びていた。その、岡田の手を、河埜が握る。視線を投げると、青暗い輪郭の中に意地の悪い笑みを浮かべた河埜が目の前にいた。
「ずっと俺の顔見てられんならちゃんとイかせてやる」
「……ばかか、おめー」
 くっと笑いが洩れる。子どもじみた強請りがこの男にはあまりにも似合わなかった。夜には、似合わない、らしくないことをさせる魔法でもあるのではないかとすら思えてしまう。そんなことを思う自分にも、らしくねぇと笑えてくる。互いに、太陽の昇っている日中帯ではありえない言葉を吐いて、考えもしないことを考えている。
 肘をついて上体を起こし、目を眇めて河埜を見た。夜が深くなる一方で視界はよりクリアになり、こまやかな表情も今は捉えられる。
「いいぜ、ずっと見ててやる」
 今は夜だから、何しても赦される、たぶん。そんな気がして、自分でも耳を塞ぎたくなるような甘ったるい声で、岡田はそう言った。

 

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