柄丑、幸せになれ Category:log Date:2017年02月05日 柄丑、です。・ ポケットから取り出した煙草を一本、抜き取って咥え、火をつける。そのさまが、一連の流れがあまりにきれいで、目で追っていると、「あンだよ」と軽く睨まれた。眇められたまなざしに怯んで、いえなんでも、と答える声にはまるで覇気がなく、情けなくなる。きれいだったんで、つい。とか何とか、いえれば、よかった。正直に、思いのままに思いのたけを伝えればよかったのに、その度胸はなくて、ただ社長がきれいだ、ばかみたいにきれいだ、という気持ちで胸がいっぱいになる。見ているだけでよかった。のに、今、こんなにも触りたくて仕方がない。冬の空のしたでしゃがみこんで、二本の缶コーヒー、律儀に用意された灰皿、だんだん色の薄まっていくふたつの影、オフィスの屋上には俺らふたりきり。社長の煙草のすい方は、その動作は、流れるようで自然で澱みがない。すきだ、と、ことばにはできなくて息を吐く。声にならない代わりに吐き出された息は、白く濁ってすぐに消える。なんだこれ、と、柄崎はくちの端を微かに歪めてみせる。まるで俺の気持ちみてぇじゃねぇか。ポエムを詠むなんてまるで柄じゃないというのに、ふとそんなことを思っては自嘲の笑みが浮んでしまう。ああ、きれえだなぁ、社長、すきだ、すき、もう、ほんとうにどうしょうもなく、すきだ。いっそうのことすべて吐露してしまえば、らくになれそうで、さあ、と一歩を踏み出そうとして二の足を踏んでしまう。柄崎。丑嶋が名前を呼ぶ。はい、と、答えるまえに、ふうーっと吐き出された煙が顔面を覆った。まともに煙を浴びた目に涙が滲む。ちょっと、社長ぉ、と、情けない声が出た。目を擦るまにまに丑嶋の、意地悪な笑みが浮んでいる。阿呆面、と、丑嶋は言った。その声にはしんそこ楽しげな雰囲気が滲んでいて、柄崎はああ、やっぱり社長は、意地悪で可愛くて、きれいだ、と、心のそこから思った。・・・柄丑は、柄崎の献身で成り立っているのだと思う。想いをいつまでも伝えられないけれど、丑嶋はぜんぶ知っている。知っているからこそ意地悪もできる。 PR