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水とタバコ

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リメンバー・ユー

 きみはここにいるべきとおもう。

 PC(とてもとても古いモデル)の中で、くりかえしくりかえし流される映像と音の間隙に、きみが呟いたのを聞いた。ひどくちいさな声で、ささやくようなヴォリウムで、それはまるでひとりごとのようで僕は耳が痛くなった。原因不明の耳鳴りがもう、二ヶ月ほどつづいていて、くわえて肩凝りと頭痛もひどかった。音をやめて、と、朝日に満ちたへやの中で僕は懇願したけれど彼はそれに応じなかった。耳を僕にひらいていなかった。彼の瞳はPCの、あの四角い箱の中で動き回る彼と彼とに集中され、僕の存在など、ないようだったのだ。
 きみはここにいるべきと、ぼくはおもうよ。
 重いからだを引きずりながら淹れた渋いコーヒーをちびちびと飲む僕に、彼はまた、そう言った。
 右に左に動くふたつの影、薄暗いステージ、差したふたすじの光。スモッグ。熱と血脈とを音に感じる。
 動きをやめている人間などそこにはいなく、誰もが腕を振り頭を揺らし、音にまみれて音に抱かれていた。
 こういう場所でしか生きられない人間がいることを、僕も、彼も、彼も彼も、知っている。僕らは孤独で、けっしてわかりあうことなどできなかったけれど、こういう場所に集うことでそのなぐさめを互いにし合い、赦し、甘え、依存し、そうして社会の外れにかろうじてぶら下がる許可を得た。それで、“きみはここにいるべきと、ぼくはおもうよ。”なのだ。
 そうなんだろうと僕はおもう。たいして美味くもないコーヒーを唇に含ませるうち、映像が終わり、彼は再生ボタンをクリックする。最初に引き戻される映像。便利な世の中だ。
「世界中探したって、こんな人はもうどこにいないだろう」
 そうだねぇ、と僕はいう。へんに間延びした声で、けれどそこに切実さをこめて。
 彼がふりむく。がらんどうのような瞳に朝日が反射してその一瞬に、光が宿る。彼のその瞳を、僕はすきだなとおもう。その瞳がぼくに向けられることはまずないのだけれど、そうとわかってしまう自分の頭の冷静さを今は呪った。
「起きた?」
「起きた」
「なら、ぼくはねむるよ」
 そうして映像を残し、僕とはいれかわりに彼はベッドに横になる。今の今まで僕の寝ていた場所は、僕のかたちにへこんでいて、それは彼より幾分かおおきい。そのくぼみにすっぽりと入ってしまう彼のからだは、ひどく薄い。
 取り残されたへやで、リピート再生される映像ばかりがやかましく音を鳴らしつづけ、僕は漠然とひとりを感じる。彼の規則ただしい呼吸。その呼吸がまっとうであることを心細く感じる。いっそう止まるなり、不文律を奏でるなりをしてくれれば、僕はそれらしく介抱をしてやれるのだろうに、あいにくと彼はいたって健康体だ。
「きみはここにいるべきと、僕はおもうよ」
 彼を見、映像をながめ、僕は呟く。質量を増した光が僕を濡らす。リメンバー・ユー。つたない英語の発音を舌に載せ、僕はPCの蓋を閉じた。



 さいきんはハイロウズばかり聴いてます。

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