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水とタバコ

ごめんね数字松

殴り書き一と十四。
たぶんおなじようなの100000万個くらいある。
※ほんとは140字で書け的なお題で書きたかったけど140字でなんか書けなかったやつ。




 反射的にぎゅっと目を瞑る。唇にかさついた皮膚がふれる。十四松の唇だと認識してから一瞬遅れて、キスをされているのだと理解する。彼の唇は年中荒れていて、見るだに痛々しい。目を瞑ったまま舌で唇を舐めた。血の味がした。綴じていた目を開けると斜視ぎみの瞳がまっすぐにこちらを見ていて、「にーさん顔まっか!」と笑った。おなじ顔をした弟の、無邪気な表情と言葉に、幸福よりも先に絶望を感じた。あ、終わった、と一松は思った。もうこれで終わった。ただでさえお先真っ暗な人生、もうどうにでもなってくれたって構わなかったのだけれど、心のどこかで、この一線だけはけっして越えたくないと思っていたことに驚く。
「……何、してんの」
 十四松は「んー?」と首を傾げて、
「ちゅー?」
「なんで」
「えー?」
 したかったから? あくまで無垢にそう言われる。一松が無言でいると次第に十四松の顔から笑みが消え、やがて狼狽の色が顎から額にかけて波のように拡がった。
「あ、ご、ごめんっ」
 動揺を苦笑で覆い隠しながら後退していく。
「ごめんにーさん! 嘘! じょうだん!」
 びっくりした?! ごめんね! 笑って、でろでろに延びたパーカーの袖を振り回して、ついさっきの事実をなかったことにしようとする十四松は卑怯だと思った。お前それはねぇだろ、と一松の心中に憎しみが湧いた。こちとらもう人生終わったと覚悟してんだ、じょうだんになんか、するんじゃねぇよ。
「いだっ!」
 十四松の胸倉を掴んで茶の間の畳に押し倒し、乱暴に唇を塞ぐ。乾燥して荒れた唇からはやはり血の味がして、舌で舐めるとざらついた感触がつたう。気持ちのよいものではないと思ったけれど、こいつは唇まであったかいんだなあとそれだけは発見だった。
「一松にいさん、」
「十四松顔まっか」
 うっそ! と両手で顔を覆う。その様がいじらしくて可愛くて、ひどく憎らしかった。ぎゅうと抱きしめるとまるで何の抵抗もなく十四松も一松のからだに抱きついて、にいさんごめんねと耳もとで囁かれる。
「なにが」
「さっきの嘘」
「さっきの、って、どのさっき」
 キスをしてきたこと? それともそのあとの言葉?
「嘘ってゆったの、嘘」
 あ、終わった、と、一松は泣きたい気持ちで思った。
 俺の人生ここで終わり、やっぱりここが終着点。こんな狭い実家の茶の間が、生まれてから20余年過ごしたこの場所が、俺の終着点。
「……かなしい?」
 くぐもった声で問われて、一松は逡巡する。かなしい、と答えたら、この子をいたずらに泣かせてしまうだけなのはわかっていた。すなおにかなしいと言葉にして、弟をかなしませたくはないと思った。
「かなしく、は、ない」
「ほんと!」
「でも、ちょっと泣きたい」
「なんで?!」
 わかんないけど、泣きたいから慰めて。頭を十四松の頬にすり寄せると、十四松は「はいはいはーい!」と快活に返事をして――ご丁寧に挙手までして――一松の頭をぽんぽんと撫でた。
「かなしくはないけど泣きたいの、おっかしいねー!」
 泣いてもいいよ、にいさん! などと元気に言われても、泣けるはずもなく、一松は黙って十四松の黄色いパーカーの裾を握りしめた。



(一松と十四松)

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