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水とタバコ

あんたへの愛を


 遠くの人を、想って、泣くのは、みじめ。
 それを知ってやめたのは、いつだったろう。
 俺はもうそういうのに馴れてしまって、ふつうに生活をしていて、ひどく心もとない気もちでふわふわと、生きて、生きて、生きて、る。

 遠くの人を想って、泣くのは、みじめだ。


 薄っぺらなケイタイが、メールを受信する。あの人からのものだった。俺はあの人には、あの人にだけは嫌われたくなくって、あちらがすくなくとも、まだ俺のことをイヤになってないことに安心して、あまえて、寄り掛かって、こんな茶番をいつまでもいつまでも続けてる。今も。
 俺の声なんかより、ケイタイは正確にことばを連ねてくれるから便利と思う。声を発しなくとも、ケイタイのボタンをカチカチカチと押せば、すきです、なんて、たやすく伝えられる。すきです。ためしに打ってみたそれを、すぐに恥ずかしくなって消した。一文字ずつ、打ったことばが、一文字ずつ、消える。はかない。
 電波が運んだあの人のことばは、ぶっきらぼうで、飾り気などなくて、ひどくいとしかった。すきですと、それをみてやはり、思った。
 ボタンを親指で潰すようにして、押して、不器用に、ことばを作ってゆく。一文字ずつ。それらはけっして声にはできないことばたちだ。
 あなたのためにことばを選び、あなたのためにことばを作り、あなたのための何かを伝えようと躍起になって、親指はぶかっこうにからまわるし心はみっともなくみじめだ。
 ちいさい画面がぼやけてふやけて、鼻の奥がツン、と痛んだ。
 遠くの人を、あなたを想って、泣くのは、みじめだと思った。それでも想うことをやめるのはもっとみじめだと、わかった。そう理解できたから、想うことをやめるのは、もうできないと、知った。
 俺のことばはきっと届かないだろう。伝わっても伝わらなくてもどうだってよいような、けれど今できうる限りの気もちをこめたレスポンスを、ケイタイの電波に乗せた。


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