ぜんぶ夏のせいだ Category:log Date:2016年07月30日 夏だし、あついし、セックスでもしませんか。影菅バージョン。(気が狂った) ラグの上に寝転がって、窓の向こうの空の青を眺めている。梅雨明けの、抜けるような夏空は吸いこまれそうなほどに青く、濃い。うだるような、午後だった。「……あつい」 何もしていなくても汗が肌の表面に滲んでくる。ひとりごちれば、ベッドサイドに背中を預けてバレー雑誌に落としていた視線をこちらに向けて、「あついっすね」と影山も同意した。「夏、だなあ」 ついきのうまで朝晩は肌寒いほどで、日中だってここまで気温は上がらなかった。東北の梅雨明けが発表された今朝から湿度も気温もぐっと上昇し、頭の中があつさで蝕まれていく感覚に陥る。 麦茶を入れたコップにはいくつもの水滴が浮び、盆に水溜まりをつくっていた。「クーラー、はやく直ればいいな」 菅原は、窓の上部に設置されている、今は起動していないクーラーを見上げて恨めしそうな顔をこしらえた。仙台の夏は、風通しのよい家であればクーラーをつける必要はほとんどなかった。菅原の祖父母の家には、古いという理由もあるがクーラーなどなくて、それでも窓と玄関の引き戸を開け放していれば涼やかな風が常時吹きこんで、あの畳の間の心地好さを思いだす。線香と井草の匂いに満たされて、あの空間で昼寝をするのが幼い頃からすきだった。 だが、近年はクーラーがなければ夏を越すのはむずかしくなった。 去年の夏を最後に動きをとめてしまったクーラーは、未だに修理される事なく菅原のへやに佇みつづけている。「菅原さん、今からでもうちに来ます?」 雑誌を閉じて、寝転がる菅原の顔を見下ろす影山の表情は本気で心配をしているようで、あああいかわらずやさしいなこいつは、でもそこじゃなくてさ、そこじゃなくて。「んー……」「クーラー、ありますよ」「いや……うーん」 ごろん、と腹ばいになって、腕に顎を載せて影山を見上げた。 夏服の白いシャツに、ほどよく灼けた肌が覘く。そのコントラストがきれいだった。自分は陽に灼けないたちだから、彼のまとう夏らしさがいささか羨ましかった。「影山、陽に灼けたなー」「そうっすか?」 影山は自分のむきだしの腕を持ち上げて、目の前に翳した。「俺は灼けると赤くなるから」「菅原さん、肌白いっすもんね」「コンプレックス」 そうして、影山のシャツの裾をにわかに掴む。菅原の行動に疑問符を浮べる影山を無視して、ボタンを一つ、外した。「ちょっ、」 咄嗟に身を引こうとする影山の手首を掴み、菅原は、「あつくて、だめもう」 と、ぼやいた。「え?」「あつくて脳みそがやられた」「ええ?」 ぷつ、ぷつ、と、ボタンが外されていくのを、影山は抵抗を諦めたのか菅原の行動が理解できずにフリーズしてしまったのか、おとなしく観察している。透き間から菅原の手が腹に触れ、撫でると、ようやく「ちょっ、ちょちょちょっと、」と彼の肩を抑えた。「ちょっと、待ってください」 見る間に頬を紅潮させる影山を見上げて、「陽に灼けたみたい」と菅原は笑う。「俺もそうゆうふうに赤くなるよ」。 往々にして菅原の行動は、突飛で、理解しがたい時がある。影山には咄嗟にはわからない事を言ったり、行動したり、そのたびに動揺しうろたえる姿をみては、おかしそうに顔をくしゃりと崩して、笑う。 今も、そうだった。「ちょ、ちょっと、よけいにあつくなりますって」 影山の制止は、けれどあくまで弱く、完全な拒絶ではない。この子は自分の突拍子のない行動を、狼狽しながらもけっきょくは赦してしまう。「いいじゃんもう、今さらだし」「今さらって……」「何もしなくてもあついなら、何かしてあついほうがお得感ない?」「……お得感……」 手首を掴んでいた影山の手に手を絡めると、その表面はじっとりと汗で湿り、いやらしい気持ちを助長させる。そのままくちもとに運び、咥えると、塩の味がした。影山の下半身が一瞬、反応したのを見逃さなかった。「影山、いやらしい」「……菅原さんのが」影山は抑えた声を咽の奥からこぼした。「菅原さんのがいやらしいっすよ」「夏のせいだから」 すべてはこのあつさのせいだから、俺のせいじゃないから。 自分の心と、影山に、言い訳をする。 夏は人を狂わす。五月病とかとおなじ季節の病だ、きっとこれは。 菅原は上体を起こすと、影山の唇に軽いキスをした。二、三度、リップ音を響かせて繰り返すと、影山の首筋に浮んだ汗の粒が一つ、筋となって、シャツの襟に落ちる。 息を吐く、あつい息、唇同士もあつく、ただでさえ当てられていた脳みそがますますおかしくなっていく。「ああ、もう」 菅原は影山の首筋に顔をうずめ、肌をつたう汗を舌で掬った。あつい、あつい、あつい。「あついし、もうえっちなことするべ」 すべてを暴くような陽の光が窓から差しこむへやで、菅原は、ぜんぶ夏のせいだ、と、再び自分の心に言い訳をした。 PR