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水とタバコ

からすのパン屋さん

いいねの数だけ影菅に パンを焼いてもらう(https://shindanmaker.com/612963
というお題を頂いて、ツイッターで散々からすのパン屋さん(そういう絵本がありましたね)について垂れ流して恥ずかしい思いをしたのですが、
懲りずにまだ考えてる。
パン屋さんじゃないからパン屋さんの事情はよくわからぬのですが、パンも奥が深いな~とその手のサイトを眺めてて思いました。

hqでたべもの屋さんパロはしたいとずっと思ってて、でもパン屋さんとはぜんぜん考えたことなかったな。いいね、パン屋さんも。

派生で影菅。だけど影山パン焼いてない。




 パンを作る工程というのはひどく手間がかかり、神経を遣い、よっぽどすきじゃなければ出来ない仕事だと影山は思っている。
 客から見えるようにと取りつけられた窓の向こうでは、きょうのブランジェ担当である菅原と澤村が作業台に向かい、熱心に生地の成形作業を行っていた。
 昨夜仕込んだ種を、今朝早くに成形して焼き、開店時間が七時半、影山が出勤したのは八時半で、それからずっと彼らは黙々とパン作りに勤しんでいる。店のほうは、午後になれば月島が出勤するが、それまではこのパン屋は澤村、菅原、影山の三人で切り盛りしなければならない。
 カラカランッ、と、ドアに取りつけられた鈴が鳴り、反射的に影山は「いらっしゃいませ」とドアのほうに体を向けた。ほかのホール担当メンバーの中でも接客には向いていないほうだと自覚をしている。窓の向こうで一心に生地と向きあう菅原を見ていると、けれどそれは思う事さえ赦されない気がして、影山はレジに入り客がトレィを持って陳列棚を右に左に行き来するさまを、視線が邪魔にならない程度に見守る。
 いつもは日向か山口などと一緒に店に入るのだが、きょうは都合がつかず、遅番の縁下が出勤する十五時までホールは影山一人だ。
 他人よりよほど強硬だと思っていた心臓が、こういう時には弱くなるのを、影山は勤めて初めて知った。
 影山の勤めるパン屋は、街の中心地よりも少し離れてはいるもののけっして利便性が悪いわけではなく、連日客が途切れない。近所におおきな病院があるためかもしれない。病院帰りの老婦人や、散歩をしている主婦などがおもな客層で、女性が多い。そのためにパンの種類は豊富に揃える事にしていて、きょうも朝から、バゲット、イギリスパン、クロワッサン、イングリッシュマフィン、スコーンなどが並び、無論あんパンやクリームパンなどの定番商品も陳列されている。
「おーい、焼けたぞー」
 工房のほうから声がして、影山がドアを開けると、澤村がトレイを差し出して、
「パン・オ・ショコラ、な」
 と、念を押すように言った。パン屋に勤めているものの、物憶えがあまりよくない影山にとって、一つひとつの名前や種類を覚えるのはたいへんな作業だった。
「ぱん、お、しょこら、」
「そうそう」
「わかりました」
「落とすなよー」
 さすがにそんなミスはしません、と、いっそう言いたかったけれど、澤村はさっさと工房に戻ってしまった。
「……ぱん、お、しょこら、ただいま焼きたてです」
 トレィとトングを持って、陳列棚に向かう。ほんのり香るチョコレートの匂いに、客の視線が自然と向けられる。よく見る妙齢の婦人だった。おそらくあちらも、影山の顔を憶えている。
「それ、おひとつくださいな」
 トレイに載った焼きたてのパン・オ・ショコラを指差して、婦人はにっこり笑った。

「かーげやまっ」
「わっ!」
 昼休憩に入らんとエプロンを外しかけた影山の背中に、唐突に声と体重が襲った。ふわっと香るこうばしい匂いに、それが菅原だとすぐにわかった。菅原さん、と、首だけ振り返れば、彼はいつもと変わらぬほほ笑みを浮べ、
「馴れない接客お疲れさん」
「……もう、だいじょうぶですよ」
「ホントかー? ならホールおまえ一人に任せんぞー?」
 悪戯っこのような調子で言われ、影山は慌てて「それはまだ無理っす!」と両手を激しく左右に振った。
 菅原は影山の背中に抱きついていた体を離し、エプロンを外す。首と肩をおおきく廻して、深く息を吐いた。
「菅原さんもお疲れさまです。休憩……入れそうっすか」
「うん。お客さんだいぶはけたし、今のうちに」
 時計は十三時を過ぎていて、菅原が店に入ってから半日以上が経っていた。熱心に生地を捏ね、成形し、焼く。その作業をいくら繰り返したのか。それを思うと、影山のこころには労わりの気持ちしか生まれない。お疲れさまっす。改めてそう言えば、
「いやー、じっさいあんま疲れてない」
 などと、相貌を崩す。そして、
「影山と俺のお昼ごはん」
 そう言って、ぶら提げていたビニルの袋を影山の目の前に掲げてみせた。
「何ですか」
「開けてみ?」
 袋を手にとり、ひらいてみれば、まだ微かにあたたかいシナモンロールが二つ、入っている。シナモンの良い香りがたちまち影山の鼻をくすぐり、思わず菅原と、袋の中とを交互に見やった。
「何?」
 にやにやと笑みを浮べながら、菅原は言う。
「いえ、……美味そうだな、って」
「俺が作ったんだから、そりゃ美味いさ」
 それもおまえのために。わざわざ。
 後半はすこしヴォリウムを落として、けれど影山の耳にはあまったるく響く声音で、菅原は言った。
「……ありがとう、ございます」
「珈琲も淹れたから、一緒に食おう」
「はい」
 シナモンとカルダモンの香りと、菅原から漂うこうばしい匂いが影山を満たす。もう胸やけしそうだ、と思いながら、シナモンロールの入った袋を、影山はだいじそうに胸に抱えた。


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