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水とタバコ

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一つになれないのなら

巡る季節(一と十四/松)


「もうむりだから」
 ぽつん、と呟かれた声に反応のことばを与えなかったのは、それがあまりにもくりかえされたシナリオだったからだ。めのまえで膝を抱えている一松を、十四松はじゅうたんに腹這いになった態でまっすぐにみつめ、ゆるんだくちもとをわずかに歪めた。
 にいさん、と、その唇がこぼせば、一松は腕にうずめていた顔をかすかに持ち上げ視線を向ける。
 名を呼ぶと一応は何かしらの反応を示してくれることに十四松は安堵をする。たとえ何度となくくりかえされるシナリオの一部だとしても、まだ自分への関心が薄れていないことを知る。このやりとりがなくなったら、と、十四松はふいに考える。もしこのやりとりがなくなって、にいさんがもうむりとか言わなくなって、ぼくのことばに反応をしなくなって、そうしたら、ぼくらは、どうするんだろ。どうなるんだろう。どうなっていくんだろう。そんな時は来るんだろうか。それはいったいいつで、どういった経緯で、そうなるんだろう。
 考えて、とうぜん答えなど出るわけもなく、十四松は思考をやめる。その代わりに、体を持ち上げ、一松に向き合って、手を伸ばした。髪に触れ、頭を抱いた。暖房でぬくもったへやの中で、一松の体もまたあたたかく、放たれたことばのつめたさがまるで嘘のようだった。
 あたりまえにあたたかく、生きているものの温度を彼に感じる。もうむりだから。十四松の腕に縋って一松はふたたびくちにした。あくまでフラットな調子の声にはかすかな水っぽさが混ざっており、ああ、にいさんは今泣くほどにかなしいのだと、泣くほどにくるしいのだと、胸が痛んだ。
「いきていたくない」
 何度も聞いたことばをくりかえされる、そのために胸は痛むけれど、思えば胸が痛む機会など一松とのやりとり以外にないのだから、ならばいくらでも痛めてやろうと十四松は決めていた。
 一松の体をぎゅうと抱き、頭を撫でてやる。鼓動がどくどくと鳴るのを感じる。この音が重なって、抱いた腕の触れたところから溶けて一つになる妄想をする。痛む胸は彼のためのもので、その一方で彼もまた胸を痛めている。同じように痛めているのなら、一つにまとめて痛んだほうがいいと、十四松はつねづね思っていた。それをことばにできるほどの思考回路が繋がっていないことがひどく歯がゆかった。ことばにできていれば、もしかしたらにいさんは多少救われたかもしれない。誰かが誰かを救う、って、たぶんそうゆうことではないのかしら。わかんないけども。
「じゅうしまつ、」
 今にも声を上げて泣き出してしまいそうな調子で縋ってくる一松を、いとしい、と、思う。うん。かえして、頭を撫でる。
 鼻を啜る音のあわいに、吐息と、掠れ声。
「いっしょに死のうって言わないだけ、まだましかな」
「うん」
「おまえをまきこみたくないし」
 あは、と、十四松は笑った。「にいさんはやさしいねぇ」。
 言いながら、べつに言ってくれてもいいのに、と、心の底で思った。くちにはしないまでも、それでもかまわないと。べつだん死にたくなどないけれど、一人で死ぬより二人で死んだほうがさびしくない気がした。一松が一人で死んでいくさまを想像すると、あまりに惨くてさびしいようで、ならば、と、十四松などは思うのだった。
「大丈夫だよにいさん」
 何が、を明確にせず、そうくちにした。一松はそれでいくぶんか満足がいったようだった。縋っていた手のちからをわずかに緩めた。それでも体はすり寄せたまま、あまえるのをやめない。十四松もまた一松を抱いたまま、この流れでにいさんを殺してあげたらどうかしら、などと夢想をする。首を絞めればたぶん終わる。にいさんにもぼくの首を絞めてもらう。首を絞めあって、二人で死ぬ?
「ねぇにいさん」
 うん? と、一松は十四松の鎖骨に額を宛てて、こたえた。
「死なないでね、一人で」
 言ってから、なんだかうまく言えないなあと十四松は歪めたくちもとをさらに曲げた。それでも一松にはことばどおり届いたようで、うん、と、従順な返事があった。それで、まあ、いいか、と、十四松は笑った。

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