らくがくカラ一 Category:log Date:2016年07月14日 ツイッターで整備士唐松×パイロット一松の文字をみて、軽率にスカイクロラみたいのを想像したのでスカイクロラパロ。リハビリ兼ねての落書きです。ごめんね森博嗣。一松:戦闘機乗りのパイロット 唐松:整備士 カラ松はどうしてパイロットにならなかったのかと、一松に訊かれた。薄暗い格納庫で、カラ松は一松愛用の戦闘機の点検をしていた。眼鏡を持ち上げて振り返ると、彼はカラ松が休憩する時に坐る椅子に腰を下ろしてじっとこちらをみつめていた。オレンジ色の照明だけが一松の輪郭をおぼろに縁どり、存在感があまりにもないことにカラ松は薄寒さを覚えつつ、今まさに空から帰って来たことを同時に思いだす。そうだ帰ってきたばかりだったなと、鼻から息を洩らして彼は手にしていたスパナを道具箱に放った。どっかの螺子が緩んでる気がする、と一松に訴えられ、愛機の隅から隅までを丁寧に看ていたが、それらしいところはなかった。「どこも何ともなかったぞ」「……嘘」 手袋を外して、眼鏡を首に引っ掛けると、カラ松は大きく伸びをした。曲げっ放しだった背中が天井に向かって伸びる。「嘘。ちゃんと見てくれた?」「当り前だろう」「……信用できないなあ」 一松はぶつくさと言いながら愛機に近寄り、自ら機体の隅々に目を凝らしていく。そのさまを、カラ松はすこしだけ離れて眺めながらポケットから煙草を取り出す。「禁煙」。一松に言われたが、気にするな、とカラ松は笑って火をつけた。「お前、ちょっとは休んだほうがいいぞ」 椅子を引っ張ってきて腰かけ、機体にぺたぺたと手のひらを這わせている一松に向かって言った。「休んでないんだろう」。 三時間ほどのフライトだったとはいえ、疲れていないはずがなかった。一松は、しかし報告をしてすぐに格納庫にやって来て、カラ松が機体の点検をするさまをぼんやりと眺めて過ごした。カラ松のことを信用していないわけではない。一松はここの整備士のうちでカラ松をいちばん信用している。機体を触らせるのは彼だけで、他の整備士がちょっとでも触ろうものなら烈火のごとく怒り出す。 ――子どもなんだ、こいつは。 一松が“そう”だと、改めて思い知る瞬間である。「ってゆうか、さっきの質問」「ん?」 灰を灰皿に落とし、カラ松は視線を向ける。機体に手を添えた態で、一松がこちらをみつめている。「ああ――、」 ようやく、ことばの意味を思いだす。「どうして、パイロットにならなかったのかって?」「そう」 一松は戦うために空に上がる。カラ松は地上に残り、彼の命でさえある機体をつねに完璧な状態に保つことが務めだ。 何度か、死ぬかもしれない、と思わせることがあった。帰って来ないかもしれないと思うことも。それでも一松は帰って来た。とろけそうな夕空にぽつんと一つの影が見えた時、それを見るたびにカラ松は膝が落ちそうなほどに安心する。他の整備士もいる中、そんな様をみせるわけにもいかないから我慢をしているだけで、生きて帰って来てくれてよかった、何事もなく戻って来てくれてよかった、カラ松は心の中で、つねに一松を迎えている。当の本人は生きて帰って来ようが銃弾に貫かれて死のうが頓着していない様子だったが、それでも愛機が大きな損傷なく戻れること、そこに唯一の帰る意義を見出しているようだった。 彼の死生観は、むかしからちっとも変わらない。 自分が死のうが生きようが、どちらでも構わない。ただ機体が疵つけられること、それだけはけっして赦せない。 彼の幼児性を、カラ松は感じとっては胸の奥がじんわりと痛む。「そりゃお前」カラ松は煙草を灰皿に押しつけて消し、くちの端で笑う。「俺がもう大人だからだろう」 カラ松の答えに、一松は納得していないように露骨に顔を歪め、あっそ、と素っ気なく返して、再び機体を撫で始める。 彼の動作はだいじなものを愛でるそれと同じで、カラ松には微笑ましいものに見えた。カラ松には、一松のような愛でる感情はない。ただ、仕事だから、一松の愛機だから、丁寧に点検と修繕、掃除をしているだけだ。彼のだいじな、命よりもだいじな機体は、だからつねに完璧に仕上げられていて、いつでもまた空に上がれるように整えられている。一松もカラ松の仕事ぶりには満足しているようで、くちでは文句を垂らすものの、本格的に怒ったり、ケチをつけたりはしない。 ぺたり、ぺたり、と、一松が機体を撫でさする音が、ふたりしかいない格納庫に響く。もはや一松には、おかしな箇所を探す気はなく――そもそも、カラ松がスパナを放りだした時にそれはわかっていたのだ――ただきれいになった愛機を労わる気持ちしか持ち得ていなかった。 二本めの煙草に火をつけ、煙を吸ったところでカラ松は、ここには今、ふたりしかいないことを思いだしていた。「一松」 一松は視線を向けることなく、耳を欹てるだけで返事もしなかったが、予測はしていたのでよしとする。「おかえり」 カラ松はヴォリウムを抑えた声で、そう言った。空から帰って来た時にも伝えたが、あの時よりも心をこめて、くちにした。整備士としてではなくだいじな、愛しい人間にたいしての「おかえり」のつもりだった。 機体を撫でる手が止まり、一松が眉を顰めてこちらを見やった。鉄の翅の向こうから、怪訝そうな顔が見える。「さっきも言った」「知ってるさ」 何度言ったっていいだろう、とつづけると、一松の顔はますます怪訝の色を深め、やがて翅の向こうに消えてしまった。 一松はいつ死ぬかもしれない日常を、当り前のものとして淡々と生きる。その彼をカラ松は愛していた。それに自分だって、いつ死ぬかもわからない。敵対している国から突然攻撃されるかもしれない、機体が着陸する際に、プロペラに巻き込まれるかもしれない。――違う、そうでなくとも、日常なんていつ終わるかもわからない。生きているから、死はあまりにもぼんやりとして、ただ忘れているだけで、ほんとうは明日にでも死んでしまうかもしれないのだ。 ――大人だから、パイロットにならなかった。 自分の言ったことばを胸のうちで反芻させる。しかし、大人でも子どもでも、その違いが大きくあるとも思えなかった。 大人でも子どもでも、いつ死ぬかもしれないのは同じである。 ふぅっと息を吐いて、細く、長く、煙を吐き出す。「ちょっとカラ松、ここ汚れてる。雑巾どこ」 にわかに呼ばれて、カラ松は道具箱に引っ掛けてある雑巾を取ってやるべく、煙草を消して立ち上がった。 PR