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水とタバコ

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桂、晋

書いたはいいが置くところに困った桂晋その2。
そのうちログもまとめてpixivに投げようか……

このブログに拍手くださるかた、ほんとうにどうもありがとうございます…頭が上がらない……柄丑また書きたい……




 晋作、と名を呼べば、かれはいつでも振り返って側によってきてくれる。たとえ「呼んでみたかっただけです」というくだらない理由を告げたとして、何だよ、と呆れたように眉間にしわを寄せるだけで、その顔に張りついたあまったるさが消えることはなく、桂は高杉の、その拍子抜けしたような肩透かしを食ったような、あまい表情がすきだった。
 その表情をみたくて、自分は彼の名を呼ぶのかもしれない――天を仰いで、桂は思考する。向き合っていた卓上には、中途半端なかたちで止められた発明品が佇んでいる。普段はあまりないことである。桂はよほどのことがない限り発明を中途で放ったりしない。それが、今日に限って、どうにも捗らなくて、うずうずと、胸の内に靄でも詰められたかのようだった。
 晋作、と名前を呼んでみる。今は勝手で昼食の支度をしている彼の名を。
 届くはずのない――そもそも、届けるつもりもないのかもしれない――声は一人きりのへやにふわりと浮び、どうしてこんなことをしているのか、苦笑が滲んだ。
 発明に取り掛かれば五日はそちらに集中力がいってしまい、他のことーー寝食ですらもーーがまるで疎かになってしまう。高杉がつねに自分のその性を心配していて、何くれと面倒を看てくれることに、勝手に安心してあまえきっていることは重々承知していた。
 あまえている、と、思う。
 自分よりとししたの、うら若い青年は、あまえられている自覚はあるだろうになにも言わない。やさしいからだ。
「晋作」
 ふいに心細くなって、ふたたび名前をくちにしてみた。届けるつもりもない声を唇に載せた。すると、にわかに障子の向こうに影が立ち、桂さん、と、低く、しかしどこかあまい声が桂の耳に届いた。
「いいか?開けるぜ」
 はい、と応えれば、間も無く障子がひらき、桂の視界に、今まで名を呼びつづけていた人物の姿が入り込んだ。
さすがに脱いだのか、調理の際にいつも身につけている割烹着ではなく、いつもの着物姿だったが、長手袋は外されている。きれいに筋肉のついた腕は、思いのほか白く細く、桂は思わず目を瞠った。
「どうした、桂さん」
 ぼんやりとしている桂を心配したのか、高杉は桂の側によると、眉を顰めてこちらを伺った。
 その表情があまりに真剣で、思わずくすりと笑ってしまう。ただその白い腕に見惚れていただけなのに、この子は本気で心配をしてくれているのだ。
「……なんだよ、具合でも悪いのか?」
「そんなことはないですよ」
 ありがとう、と、目の前の青年のやさしさに自然とこぼれた笑みがかれにも伝染したのか、「ならいいんだけどよ」と、高杉もまた相貌を崩した。
 ああ、すきだ、と、桂はその顔をみて思う。
 いつもむつかしそうに眉間にしわを寄せている顔が、にわかに崩れる瞬間が、年相応に柔和にやさしく変化する瞬間が、すきだ。それも自分のことばで、態度で、変わることが、桂にはひどく嬉しく、心強いものに感じられた。あいされているとわかる瞬間――おそらくは高杉にしてみれば無意識の態度。
両の手を伸ばし、広げると、高杉は一瞬だけきょとんとした顔をみせたが、次第にその白い頬が朱に染まっていき、桂の行動の意味は伝わったようだった。
「ちょっと、ぎゅっとしてください」
「……いま、煮つけ作ってきたから、匂いするぞ」
 おかしな言い訳だ。桂はまた笑って、
「もうしてます」
 そうして、高杉の着物の袖を引っ張った。
 高杉は、仕様がないといった態で、けれど優しい強さで桂を抱きしめる。ほのかにあたたかな、煮物の匂いがした。
「煮物の匂いがしますね」
 くすくすと笑って言えば、だからさっき言ったじゃねぇかと、どこか恥ずかしそうな声が返ってくる。幼い頃から知っていて、その名残でつい、この子、などと称んでしまうが、自分より遥かに生活力のある高杉の逞しさが、その幼さと時に桂の中でうまく結びつかない。しかし、いくら結びつかなくてもこの腕の持ち主は彼で、今、優しく自分を抱いてくれている彼は、唯一無二の愛しい愛しい彼なのだ。
「ありがとうございます」
 高杉の背中を軽く叩くと、彼はそろと体を離していく。もう少しあのままでいたいと思ったが、これ以上強請るとますます離れがたくなる自分を危惧して、桂は自ら高杉を解放した。
「……もう、飯だからな」
 頬を掻きながら膝立ちになった高杉の頬が赤い。いつまでたっても初心な彼の態度に、たまらなくなって、桂は「晋作」と名を呼んだ。
「なん、」
 返事を待たずに、袖を引き、無防備な額にくちづける。
 一瞬の出来事に、けれど高杉は体を硬直させて桂をみつめた。
 なんだよ、と、声にならないまま、唇を動かす高杉に、桂はにこりと笑って、
「呼んでみたかっただけですよ」
 と、言った。

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