忍者ブログ

水とタバコ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

幸ちゃんの“可愛い”について

瑠璃川幸さんお誕生日おめでとうございます大すき大すき大すき大すき
お誕生日ぜんぜん関係ないけどぽちぽち書いてたSSです……まさかハマるとは思わなかったですびっくり。
幸ちゃんにとっての“可愛い”ってつまりこういうことなのかな、とか。




 可愛いもの、うつくしいものがいつだってオレの正義だった。まだほんの子どもだった頃からずっと変わらない、オレの中に根づいた唯一のただしいもの。色とりどりの生地、光を浴びて透きとおるフリルやレースをあしらった洋服を身に纏い、鏡を覗けばそこには“可愛い”が現れる。ちいさな頃は、そんな“可愛い”を見て誰もが――親とか、近所のおとなたちとか、――オレを褒めてくれた。「幸ちゃんはほんとうに可愛いね」。右から左から、そんな言葉が降ってきて、オレは得意になって外を走りまわった。オレを、というより、オレの大すきな“可愛い”をたくさんの人たちに見てほしくて、オレの信じてる“ただしい”を知ってほしくて、きれいで可愛いスカートの裾を靡かせて、靴を高鳴らせた。――そんなオレを世の中が赦してくれたのは、たぶん、中学に上がるちょっと前までだ。身長が伸び、首筋がすらりとして、ちいさな頃よりきれいで可愛い洋服がもっと似合うようになった頃、世の中のおとなたちも、学校の友だちも、オレのことを“可愛い”と、何の裏表もなく言ってはくれなくなった。「幸ちゃんは可愛いんだけど、男の子なんだよね」――そう、誰かが言ったことを今でもよく憶えている。「幸ちゃんは可愛いよ、可愛いんだけど」。親も、もうオレのために、ワンピースやスカートや、衿にレースの付いたブラウスを買ってくれなくなった。代わりに、黒のパーカや、ジーンズや、無地のシャツを選び、それを着るように言った。「男の子なんだから」――と、彼らは言った。
 心の深いところに、かすかな罅が入る音をその時に初めて聞いた。
 オレはたしかに男だけど、男だから、可愛いものを着ちゃいけないの? オレはオレのただしいただしさを信じちゃだめなの。
 腹が立って、かなしくて、その時に買ってもらったメンズの洋服は上等なものだったけれど、一度も袖を通さないうちに箪笥の奥深くに仕舞った。

 首筋を撫でる風は生ぬるく、もう夏なんだ、と思い知る。開け放った窓の向こうには初夏の朝の空が拡がっていて、清々しいってたぶんこういうことを言うんだろう。オレは制服であるセーラーに腕を通し、タイを結んで、全身鏡の前に立った。フローラ中の制服は、男子でも可愛いからすきだ。夏服は特に可愛くて、初めて見た時に一目惚れしてフラ中を受験することに決めた。可愛くなければ受験しなかった、なんて、我ながらわかりやすいとは思うけれど、オレはオレのわかりやすさが、そんなに嫌いではない。
「おい幸、何自分に見惚れてんだ」
 部屋のドアが開いて、天馬が顔を覗かせる。朝からムカつくことを言う。
「見惚れてないし。タイが曲がってないか確認してただけなんだけど」
 オレは鏡ごしに天馬を睨みつけ、それから振り返って、「っていうか、ノックもしないで何開けてんのさ」
「ここ、俺の部屋でもあるだろ」
「うるさいな。着替えてる時に勝手に開けるとかあり得ない」
 わざとらしいため息をついて、鏡に向き直り、最終確認をする。大丈夫、きょうも可愛い。ほんとうは、制服なんかよりずっと可愛い私服のワンピースを着ていきたいところだけれど、さすがに我慢する。学校から帰ってきたらすきなだけ“可愛い”に包まれればいい。そのくらいの分別ができる程度には、オレもおとなに近づいた。
「おまえ遅いから、呼んでこいって。飯冷めるぞ」
「はいはい、今行くって」
 オレの反抗的な態度にポンコツ役者は文句を返そうとしたけれど、朝の貴重な時間がもったいないとでも思ったのか、早く来いよ、とだけ言い残して部屋を後にした。オレだって言われるほど朝の支度に時間をかけられない。前髪をすこしだけ直すと、天馬の後を追うように部屋を出た。

 ダイニングではもうみんな揃って、臣の作った朝食を食べていた。
「お、幸、来たか」
 臣が立ち上がってオレのためにごはんをよそいに行ってくれる。
「おはよう、幸くん!」
「おはよ」
 椋の隣に座り、ごはん茶碗を置いてくれた臣に礼を言ってからいただきますをする。ごはんに、茄子のみそ汁、だし巻き卵、納豆、おひたし。MANKAIカンパニーの食事はいつも充実している。臣の作ってくれるだし巻き卵がオレはすきで、いつも最後の最後に噛みしめるようにして食べる。たまに、先に食べてしまった太一が物欲しそうにこちらを見るけれど、知ったことじゃない。今朝だってほら、学習しないワンコはオレのだし巻きに視線を集中させている。
「見てたってあげないから」
「えっ!」
 いちおう、牽制。太一はハッとした様子で両手を振る。
「いやいやいや、べつに、狙ってるわけじゃ……!」
「太一、だし巻き食いてーの」
「や、万ちゃん、気を遣っていただかなくとも……!」
「いやあげねーから」
 えー! と大袈裟に落胆する太一に、その場にいるみんなが笑う。オレはごはんをくちに運びながら、心地好いな、とぼんやり、思った。ここは、心地好い。ひどく。うるさくて、慌ただしくて、たまに煩わしいこともあるけれど、ここは自分の居場所だってたしかに思える。この場所がすきだ、と、そう思える。ここにいたい、と、願ってしまう。いつまでここにいるかなんてわからない、もしかしたらそのうち出ていくのかもしれない、けれど、まだ、もうすこしだけ、ここにいたいと思う。心から、そう思う。ここですきなだけきれいでうつくしくて可愛いものに触れて、この手で布を継いで、そうして生活していければどんなに楽しいだろう。
 茄子のみそ汁を飲みこみ、漬物に箸を伸ばした時、視線を感じて首を捻った。じっとオレの顔を見つめていた椋と視線が合い、彼は「あっ」と声を上げた。
「何? 椋」
「あ、ごめん、……幸くん、きょうもとっても可愛いから」
 見惚れてた。椋はへら、と笑ってそう言った。名前のとおり、椋は無垢な科白をさらりと吐く。
「あっ! えと、変な意味じゃなくて……!」
「え、何、朝から告白?」
 言った後になって、自分の発言がけっこうな爆弾だったことに気づいてあたふたするのも恒例で、インチキエリートの揶揄に顔をまっ赤にさせてああだこうだと弁解をする。
「そっ、そうじゃなくてね! ただ見たままに可愛いなって、思って……」
「それを告白というのでは」
「わああ! 違いますよー!」
 賑やかなやり取りを横に、漬物を噛む。
「幸はいつでも可愛いぞ」
 臣が笑いながら言うのに、ポンコツ役者が渋い顔を作った。
「こいつ、毎朝鏡の前で自分に見惚れてるんだ……」
「見惚れてない。あんたほどナルじゃないし」
「俺はナルじゃない!」
「でも幸ちゃんはほんとにいつも可愛いっスよー!」
「うん、知ってる」
 オレはオレが可愛いことをしっかり自覚している。でもオレが可愛いことを、誰かに見せびらかしたいって思ったことはない。百人が百人、オレを可愛いと言うことを知っていても、オレがほしいのはオレ本体への賞賛じゃない。
 オレが見てほしいのは、オレが信じてる“可愛い”っていう正義。風に波うつスカートや、光を透かすレースや、首元を飾るビジューのうつくしさ。それらがオレのただしさで、オレの信じているものだということ。それさえわかってもらえれば、オレは、とても満足だ。
 だから、着飾る。自分の信じてる可愛い、うつくしい、きれいで、オレ自身を染め上げる。男なのにと言われようが、どれだけ揶揄われようが、痛くも痒くもない。“可愛い”が守ってくれている限り。そしてそれは、たぶんに一生変わらない。
「てかやば、俺そろそろ出なきゃ」
「至さん、いつもより早くないすか」
「朝イチで会議あんだよ」
 面倒くさー、と呟きながらインチキエリートが立ち上がったのを皮切りに、わいのわいのと騒がしい食卓から一人、また一人と離脱していく。
「幸くん、僕も先に歯とか磨いちゃうね」
 椋が立ち上がったので、オレもだし巻き卵の最後のひとくちをくちに放った。舌の上でじんわりと拡がるだしの味は、いつもの朝と変わらず幸福な気持ちを齎してくれる。
「美味しかった。ごちそうさま」
「はい、お粗末さま」
 のんびり玄米茶を啜りながら臣は笑い、それから、「気をつけてな」とオレと椋に向かって声を掛けた。まるで保護者だ。オレは苦笑して、食器を流しに下げる。朝の洗い物は残った暇人たちの仕事だから、社会人や学生組は洗い桶に食器を浸すまで。ほとんど上げ膳下げ膳の朝のルーティン。
「はーぁ、かったり」
「万ちゃん、早くしないと遅刻するっスよ!」
「真澄くんも、半分寝てないで起きてください!」
 賑やかで、騒々しい声で満たされた空間に、いつの間にかオレは体も心も馴染みきって、おそらくはもう、離れられない。どんな恰好をしていても肯定してくれる仲間たちを、オレはたぶん、すきなんだろう。くちにはけっして出さないけれど。
 洗面所の鏡を覗いて、前髪をはらう。大丈夫、きょうもちゃんと可愛い。――まじないのように心のうちで呟いた時、玄関のほうからオレを呼ぶ椋の声が聞こえた。

拍手

PR