[PR]
- Category:
- Date:2025年04月23日
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
夏だし、あついし、セックスでもしませんか。戌丑バージョン。
「出たぞ」
ほの暗い部屋に戻ってきた丑嶋は、汗を流していくぶんか、すっきりとした顔をしていた。それでも効きの悪く、黴の匂いのするエアコンからの風に顔を顰めるさまは、いつもの彼で戌亥はすこしばかり安心をした。
丑嶋がベッドに腰を下ろすと、スプリングの傷む音がやけに大きく響く。ほのかにシャンプーの匂いがする隣の男は、無言で、何かを言い出す様子はない。寝る、とも、帰る、とも言わず、ただベッドの淵に腰かけて、冷蔵庫から出したミネラルウォーターをひとくち飲んだ。
「それ、ちょっとちょうだい」
視線でしめせば、黙って差し出されたペットボトルを受けとり、戌亥もまたひとくち、つめたい水をくちに含む。それからまた丑嶋に返し、彼が飲んだところで戌亥は彼に顔を近づけて、軽く触れるていどのキスをした。
水っぽい唇に唇が触れると、自分の熱を再確認して気恥ずかしくなる。彼はあまりにも冷静で、普段と変わらぬ様子で、それでいて自分を拒絶しない。気持ち悪ィ、といって突き飛ばすわけでもない。糞、と、胸のうちで毒づいて、戌亥は丑嶋に圧し掛かるようにしてベッドに体を沈ませた。
つう、と指を這わせれば、本能的に反応する丑嶋を可愛いと、思う。こんなガタイのいい男を可愛いだなんてどうかしている、でも、どうしたって目の前の男は可愛くてうつくしくて、今、自分だけにその表情を仕草を見せてくれている事への優越感が戌亥の胸を満たしていた。「ん」。喉奥でこもる声やほのかに紅潮した肌がいとおしくてならず、鎖骨に舌を滑らせると反射的に逃れるように引かれた体を両手で押しとどめた。
「舐めンな」
苛立たしげに放たれても、脳がとろけてしまっている今、戌亥には照れ隠しにしか感じられず、含み笑いを洩らせばさらに舌打ちが追いかけてくる。
「うしじまくん」
耳もとにくちよせてそう呟けば、彼の肌がふると震えた。
――うわぁ、かわいい、
熱帯夜で、ただでさえ熱の籠った脳は侵されたように崩れて、戊亥の欲情を煽っていく。理性の糸は疾うに切れていて、これ以上やったらきらわれるかも、厭になられるかもといった危惧は、けれどいつしか、そんなもの知ったことか俺は彼を抱きたいンだ、このまま、あつさも巻き添えにしてぐちゃぐちゃにしたいンだ、ゆるしてね、誰に言っているのかもわからぬままぺろぺろと、肌に這わす舌の動きを速めた。
「いぬい、」
唐突に湿った丑嶋のてのひらが戊亥の背中にふれ、戊亥はハッとして顔を上げた。ラブホテルの淡い照明が丑嶋の顔を濡らして、それは笑ってしまうくらいに扇情的な光景だった。
「……やだ?」
厭なら、厭だと言ってほしかった。いつものようにすなおに、なんの裏表もないぶっきらぼうな調子で、突き放してほしかった。だからといってやめられるかと問われれば自信はなかったが、それでも何も言われぬよりは、理性の糸の綻びに気づくくらいは出来るだろうに。
「や、……じゃねぇ」
苦しそうな息のあわいから、丑嶋は細い声でそう呟く。
「……マジで?」
戊亥は彼の瞳をみつめる。そこに映る自分の阿呆面が恥ずかしい、彼の瞳はこんな時でさえクリアで、とうめいで、憎らしいほど澄んでいる。
「マジで」
「いいの?」
「いいつってンだろ」
背中に触れていた体温が離れて、やにわに戊亥の顎を掴む。大きな手である。彼が男である証明で、同性であるはずの彼をこんなにも求めている自分を疑いそうになった。体を引き離そうとして、けれどそれをとどめたのは丑嶋のほうだった。掴んだ顎を引き寄せ乱暴にくちづける、湿った唇に唇が触れると、ああ、あつい、と、戊亥はあらためて思い知る。
「あついね、丑嶋くん」
真夏の夜は人を狂わせる。そんなことばに身を任せてしまう自分達を愚かしくも愛しく思う。今だけ、と、戊亥はくちづけられながら誰かに赦しを請うた。今だけ、今だけだから、ゆるしてね。飯の後にホテルに誘った事も、こうしてじゃれ合ってる事も、汗の滲んだ肌に触れた事も、くちづけを拒まない事も、今だけだからどうか、誰か、ゆるしてね。
「すきだよ」
そうしてことばにしてしまう事も、夏のせいにして、気が狂った事にして。
何も言わぬ丑嶋の鎖骨に顔を埋めると、香水に混じった汗の匂いがした。夏の匂いだ、と、戊亥は少しばかりせつなく思った。